抗うつ薬を使用する上で患者、医師双方が認識すべきこと
「抗うつ薬を使用する上で患者、医師双方が認識すべきこと」
(1)患者としての心構え
患者さんの心構えとして認識していただきたい事が2点あります。
1)「自分の病気を治すのは薬ではなく、自己治癒力である」ということを先ず認識する必要があります。
自己治癒力とは、人間の身体にもともと備わっている自己回復力ともいえる自分の力で病気を克服する生命力です。自分の治療を医者まかせ(つまり薬に頼る)にしてはいけません。
「自分の病気は自分で治す」という強い意識を持つことが必要です。
前述の「抗うつ薬は本当に効果があるのか?」の項目でも述べましたが、
「極度の重症患者を除けばプラセボ(偽薬)に対する抗うつ薬の比較優位性は乏しく、軽症~中等症の患者に対する薬効果は皆無から微小である」ということであり、抗うつ薬の効果は、ほとんどの患者さんが該当する軽症~中等症の患者さんには期待できません。つまり、抗うつ薬を飲んでも飲まなくても治療効果はほとんど変わらない、ということであり、薬効果が無いだけでなく薬の副作用ばかりが出て自分が苦しむことになるだけなのです。
自己治癒力を高めて病気を治すには何が求められるでしょうか?
2)自己治癒力を高め病気を治すためには「自助努力」が必要です。
「自助努力」とは「自分の病気は自分で治す」という強い気持ちを持って病気克服のために生活習慣を見直すなど自分で努力をすることです。
① 自分が服用する薬の内容について情報収集する努力をする。
やむを得ずどうしても薬を必要とする場合でも、自分の治療を医者まかせにしてはいけません。医者の言うがままに薬を飲むのではなく、薬を飲むのは患者さん本人なのですから、その薬について自分で効用、副作用などをきちんと調べることが絶対に必要です。
これまで何度も述べてきましたが、抗うつ薬をはじめとする向精神薬は人間にとって最も重要でデリケートな器官である脳組織(神経細胞やホルモン)へ直接的に作用し、働きかける薬ですので、その影響の重大性を考えて薬の副作用については十分に認識し、使用に際しては最大限の注意を払う必要があります。
そのためには患者さん自身が薬の主作用(効能)、副作用(有害事象)について、医者へ質問して確認する、製薬企業の医療用医薬品の添付文書(製薬企業が医師や薬剤師などの専門家向けに薬の副作用などを詳しく記載した文書)を読んで確認するなどして、積極的に情報収集を図る努力をするべきです。
そのうえで自分の疑問点や質問などを医者に説明を求め、医者からきちんと説明を受けて、自分が納得をして治療を進めていくことがとても重要なのです。
② うつ病の原因になっている問題解決に努力する。
重症うつ病以外の軽症~中等症の場合、うつ症状、うつ病をもたらした何らかの原因や誘因があります。例えば失業、借金、多重債務などの経済問題、過重労働、超過勤務、派遣切りなどの労務問題、職場での人間関係、嫁姑の葛藤、いじめ問題などの人間関係などいろいろな問題があります。
うつ症状、うつ病を改善し、回復していく為には、まず原因となっている問題を解決していくことが先決です。原因となっている問題の解決策を探り、その対策を立て、実行して行かない限りうつ病は治りません。薬がこれらの問題を解決してくれるわけではないのです。やはり自分で問題を解決せざるを得ません。そのことを十分に認識することが重要なのです。
問題解決のためには自分一人で悩まずに、医者、専門家、家族、知人などと話し合い、相談しながら一歩一歩解決策を見出していくことが必要です。
③ 自分の生活習慣を見直し、その改善策を実行するよう努力する。
うつ症状、うつ病などはやる気が出ない、興味が湧かない、気が滅入る、疲れやすい、眠れない、食欲がないなどの症状により生活習慣が乱れてしまい、昼夜逆転の生活などの状態に陥りがちです。薬を飲んでいる場合にも、常に体がだるく、疲れやすい、やる気が出ない、直ぐ眠たくなるなどにより生活パターンが乱れがちになります。
うつ症状、うつ病を改善し、回復していく為には乱れた生活習慣を見直し、生活パターンを戻していくことが必要です。例えば、下記のような事を実行する努力が求められます。
*生活の日課を規則的に,定時化して行う。(起床、食事、散歩、入浴、就寝など)特に、睡眠については睡眠パターン(就寝、起床時間を決める、必要な睡眠時間を確保する)を確立するように努力する。
*毎日、外に出て散歩や軽い運動などをするように努力する。
*食生活を見直し、野菜など食物繊維を多めに取り胃腸の調子を整えるよう努力する。
*禁酒を実行する。飲酒は正常な睡眠を妨げますので止めてください。特に、薬を飲みながらの飲酒は病状を一層悪化させますので、自殺行為と同じです。
*毎日、できるだけ人に会って話をする機会を持つよう努力する。
(2)医師に望まれる対応
薬を処方する医師は、患者さん個人、個人の特性を十分に考慮して、細心の注意を払って薬を選択し、慎重に処方する姿勢が求められます
① 病状を正確に診断する
うつ病に限ったことではありませんが、薬を処方するに際して最も基本であり、重要なことは患者さんの病状をきちんと正確に診断することであり、これは自明の理です。現在の精神医療の現場では、誤診や過剰診断の例がとても多いのです。
特に、統合失調症、双極性障害、うつ病などに多く見受けられます。うつ病については過剰診断の弊害が目立ち、ちょっとしたうつ的な症状で病的なうつ病と判断できないような患者さんにも、うつ病との診断により重症うつ病の患者さんと同じような薬が処方されているのです。
間違った診断は、間違った薬の選択、間違った治療につながり患者さんを苦しめることになります。うつ病治療では、薬の副作用で出てきた症状を、患者さんの原病(うつ病)の症状悪化や再発と間違えてとらえるケースが非常に多く見られます。
このようなケースでは更に薬が増量されたり、別の薬が処方されたりして病気の回復が遅れたり、さらに病状をこじらせたり、長引かせたりすることになってしまいます。
② 薬は単剤で処方する
薬には薬理の基本というものがあります。基本は「薬は1種類で飲むものです」。2種類を掛け合わせて飲むことで効果のある薬もありますが、それはあくまでも例外です。薬理の基本は単剤であり、1種類を一定期間飲んで初めて治療効果の有無を判断すべきものです。
うつ病の治療でも、基本的には抗うつ薬1種類、不眠で追加する場合でも睡眠薬1種類で良いと思われます。薬を何種類も飲む必要など全くないのです。医師が最初に抗うつ薬を処方する場合、次の点を患者さんにきちんと伝えて、同意を得てから治療を始めることが必要です。
*抗うつ薬は徐々に増量していき、効き目が発揮されるまでに1~2か月かかること
*その時点で効き目が悪ければ、薬を切り替えること
*いろいろな副作用が出る可能性があること
しかし、実際の臨床現場では、単剤の抗うつ薬投与では効果が不十分として、多剤併用のケースが多々見られます。
単剤では薬の副作用かどうかは判断しやすいものですが、多剤併用の場合は、患者の訴える症状がうつ病の悪化によるものなのか、薬の副作用によるものか、副作用とした場合その副作用はどの薬によるものか、その判別は非常に難しく、治療が混迷してしまいます。そのような場合は、再度患者さんの病状、症状を謙虚に分析、見直しを図り、薬剤選択を再検討して単剤化が出来ないかを真摯に考慮して行く姿勢が求められます。
③ 従来薬と新世代薬の薬理学的特徴に留意する
従来薬(三環系、四環系抗うつ薬)においても単剤治療が基本ですが、新世代薬(SSRI、SNRI,NaSSAなど)では薬理学的特徴から留意する点が違います。
従来薬では、多剤併用になれば既知の副作用が増強して現れることが多く見られますが、新世代薬は神経伝達物質(セロトニン、ノルアドレナリン)に対する選択性が高い薬剤同志のために、多剤を同時に服用すると、一部の神経系に大きな不均衡をもたらし、予期しない有害事象(副作用)を引き起こしかねません。しかも不可逆な有害事象になってしまう可能性も否定できません。
また、治療効果の面でも多剤併用では、せっかくの選択性という特徴が発揮できないことになります。